旅をたどる2
ハウパーヴィラの超文化的共通原理 - シンガポール パシ・パンジャン道 ハウパーヴィラ
タイガーバームガーデンからハウパーヴィラになった庭園を訪れ、人としての道や自分を律することが大切なのだという気になったのだけれど。
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旅をたどる2
それなのになぜこんなにおもしろいのか。いい加減なものがウンザリするほどあるからおもしろいのだ。
・・・ 谷川晃一 ねじめ正一 編著 タイガーバームガーデン(新潮文庫)
シンガポールにタイガーバームガーデンがあると知ったのは、30年ぐらい前のことでした。香港にあることを先に知りました。そして、同じようなものがシンガポールにもありました。香港のタイガーバームガーデンはすでに閉鎖され、シンガポールのタイガーバームガーデンは、ハウパーヴィラ(Haw Par Villa)という少しかっこつけた名前に変わっています。
インターネットにあるシンガポールの観光ランキングをみると、そのほとんどにハウパーヴィラはランクインされていません。トップ30をならべたサイトにも入っていない。それは普通の観光客が行くような場所ではないのでしょう。要するに、動物園でホワイトタイガーを見ないと、ラッフルズホテルで買い物をしないと、チャイナタウン、アラブストリートやリトルインディアでエスニックな体験をしないと、マーライオンに歓迎してもらわないと、ということなのです。観光ランキングのトップ30を楽しみ、それからどうしようもなくなった時に、ようやく攻め込むような場所なのです...
ハウパーヴィラに行くには、地下鉄のハウパーヴィラ(Haw Par Villa)という駅で降ります。中国語では、「虎豹別墅」と書きます。東京のディズニーランドの最寄り駅でさえ舞浜であり、いろいろな経緯がありそうですが、駅の名前にディズニーという文字はありません。しかし、ハウパーヴィラの最寄り駅は、ハウパーヴィラなのです。そのまま電車の駅の名前になっていることからすると、ディズニーランドよりも格が上なのかもしれません。
さっそく攻め込むと、谷村新司の昴が聞こえてきました。入り口の横のほうで土産物を売っている気配のある小屋は、中国語版の昴を外に向かって大音量で放出しています。なぜ昴? しばらくふらふら歩いていると、相撲取りの像がありました。2メートルほどの高さの二体。見た目はきちんとした相撲取りです。おや? 化粧まわしをつけていますね。つまり、土俵入りなのでしょうか。調べてみると、この二体は土俵入りの最中で、それぞれ雲龍型と不知火型を正しく表しているのだろうということがわかりました。左側の一般的に言われる雲龍型の横綱は、足の格好からするとちょうどすり足をしながら、せり上がってきているところだと思われます。だいたい外国にあるこの手の像にはあいまいな部分があって、それが全体のトーンを「ああ、おしい」的な感じにしてしまうのですが、この相撲取りは全体的に正しいような気がします。少し違和感がありますが、完ぺきの出来ばえと言っておきましょう。両人のひざ元には、タイガーバームの油バージョンと軟膏バージョンが置かれていて、さりげなく売り込みをかけています。「こういった細かい気配りの積み重ねが、この庭園をつくることができるような大きな財を築くのです」と、タイガーバームで大儲けしたここの創設者が語りかけているのでしょう。
ハウパーヴィラには、仏教の教えを表したものがたくさんあると言われています。地獄の沙汰の場面では、「悪いことをすると、いろいろ大変な目にあいますよ」と教えられる。かめの恩返しの場面では、「よいことをしましょうね」と告げてくれる。蜘蛛が化けた妖女が三蔵法師に言い寄る場面では、「世の中、甘い話はありえへん」と叱ってくれる。熊に襲われた友達をおいて逃げる男の場面では、「友達は大切にしないといけません」と言い聞かせてくれる。人としての道を、さまざまな場面でわかりやすく教えてくれて、ためになるような気がしました。ご利益があるように思えました。
日本にも、このような教えがあるのだろうかと考えたとき、ふと「おてんと様が見ている」という言葉を思い出しました。子供のころに、親から言われた記憶があります。「いつも頭の上でおてんと様が見ているから、悪いことはできないんだよ」という、この言葉です。人としての道を教えてくれています。しかも、行動の基本を教えている。これだと思いました。いろいろな具体例をあげてハウパーヴィラは教えてくれますが、こういったすべての行動の元になるようなことは示していません。こんなことを考えながら出口のほうへ向かっていると、ヤギがいました。おや? 目が何か違います。ここまでいろいろな場面を見せてくれた像たちは、どれもやさしくてどこかおどけた眼を持っていました。しかし、そのヤギの目は違っています。普通とはいえない鋭いビームを来場者たちに向けている。おそらく千里眼でしょう。そう、何でもお見通しなのです。だから、人はどこにいても悪いことはできません。シンガポールでは、「おてんと様」ではなく「ヤギ」に違いない。つまり、「いつもあのヤギが見ているから、悪いことはできないんだよ」というのがハウパーヴィラの教えであり、シンガポールの人たちは自身に向かってそう言いながら、人の道を外さないようにしているのです。日本とシンガポール、文化や伝統を超越した共通の原理があるのだと勝手に納得し、やはり自分を律することを忘れてはならないのだと理解しました。しかし、共通原理や律するといったことは、おそらく帰りの地下鉄に乗った瞬間忘れることになるのでしょう。果たして、ヤギの力をもってしても、私の雑念を追い払うことはできないのです...
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