旅をたどる9 [NEW]
香港のビクトリア湾は「一目千艘」 – 香港
「一目千本」とは、奈良県吉野山の桜を見るのに絶好の場所をいうそうですが、いろいろな船の往来がある香港のビクトリア湾は、「一目千艘(ひとめせんそう)」状態でしょうか・・・
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旅をたどる9
「パスパルトゥーは、ヴィクトリア港にいたった。… その中には軍艦、商船、シナや日本の貨物船、ジャンク、タンカー、はしけなどがあって… ヴェルヌ『八十日間世界一周』(角川文庫)
ビクトリア湾は、香港島と九龍半島の間にあって、湾というよりも海峡といったほうがいいかもしれません。九龍半島の先端の尖沙咀(Tsim Sha Tsui)からは、それはいろいろなタイプの船を見ることができます。まずは、ビクトリア湾といえば、スターフェリーです。すぐ横にある桟橋では、緑色の船体に白い屋根、煙突には★マークを付けたフェリーが忙しく出入りしています。おや、香港島の高層ビルと青い空を背景に、タグボートに引かれた全体的に薄汚れているコンテナ運搬船が、右からゆるゆると出てきました。タグボートのエンジンがうなっているわりには、ゆっくりとした移動です。その後をつけるジャリを山積みにした運搬船のデッキでは、中国の国旗がばたばたしています。この運搬船のあちこちに、鉄さびのようなものが見えます。船はさびていても浮くのですね。
少し近くにある金持ちの遊び道具らしき真っ白なプレジャーボートは、大きく静かに左右に揺れています。少しずつ左から右へと潮に流されるので、時折ブォーっと音をはきながら戻ってきて、また静かになります。誰を待っているのでしょう。茶色のジャンクも見えますが、あれは観光客を乗せる船ですね。もしかすると、このビクトリア湾のアトラクションなのかもしれません。このあたりをふわふわしながら、景色を見に来た人たちに「あ~これこれ、やっぱ香港だね」と言わせることが目的なのでしょう。そこに、「水警」と書かれた船がジャバジャバと人一倍の速さで左から飛び出してきて、すぐに消えていきました。
おっと、二十人ぐらいが乗ったカラフルなプレジャーボートがこちらの岸壁に近づいてきます。そして、エンジンをぶわわんとふかしながら、鼻先を岸壁に押し付けました。その鼻先から、どこかの島へハイキングにでも行ってきたのだろう人たちが、ひょいひょいと岸に上がってきました。ここで、何か大きなものが右方向から近づいてくる気配を感じました。目をやると、ビルの10階建ての高さはあろう大型客船が、はっきりとした黒煙を空へ押しやりながら、ゆっくりと湾に進入しています。部屋のテラスに出て、外を見ている人たちがいます。クルーズとは豪勢ですね。こんな中、二人の乗りの手こぎボートぐらいの船が、波間に見え隠れしていることに気が付きました。けっこう揺れていますが、立って乗っている人がいます。漁師さんでしょう。どうやら投網を打っているようです。漁船はすぐにタンクローリーのような危険車両を運ぶフェリーの裏に隠れてしまいました。
右側の遠くに目を移すと、マカオへいく高速フェリーが小さく見えます。青く塗られた船の後ろから、水を噴き上げながら進んでいます。対岸の香港島の方へ目線を戻すと、工事用の黄色いクレーンが台座のような船の上に乗せられて、タグボートに引かれて素通りしていました。そこへ、小型のコンテナ船が左からやってきました。コンテナを三段積みにしています。不意に、細長い船が手前に割り込んできました。デッキには、いくつもの銀色のパイプが走っています。油か何かを積んでいるのでしょうか。船全体が沈み込んでいて、甲板が海水面すれすれです。横の方では、「これから出発しますよ」と言うように、スターフェリーが汽笛を鳴らしました。
いつだったか、湾の中で車を二段積みにしているボートを見たことがあります。車をそのまま重ねていました。当然上の車の重みで下の車の屋根がつぶれています。廃棄する車かと思ったけれどもどうやら盗難車で、その船が中国まで運ぼうとしていて、警察に捕まったものらしいことがわかりました。そういえば最近、このビクトリア湾で、軍艦を見かけることがなくなりました。イギリス領のときには、大きな軍艦がとまっているのを見かけました。また、最近は湾内の水もきれいになったような気がします。ゴミもほとんど浮いていません。昔はもっと黒い色をしていたし、泳ぐことなど考えてはいけませんと言われていました。しかし、先日沿岸で数人が泳いでいるところを目撃しました。いろいろと変わるものです。
昔の事を思い出していたら、シューシューという音で正気にかえりました。湾の中ほどを、何だかバランスの悪い船が右手に向って走っています。一つの船を真ん中から半分に切ったような姿に見えました。船首を上下にピョンピョンと揺らして、シューシュー音を出しながら懸命に走っているようです。船尾が沈み込んでいるので、全体的に斜め上を見ながら前に進んでいます。おそらく、沖で巨大な水棲生物に後ろから襲われ半分をかじり取られて、ぎりぎりのところで逃げたしてきたのでしょう。船の形と上下に体をゆすりながら走るところが面白くて目で追っていましたが、すぐにスターフェリーの桟橋の後ろに入って見えなくなってしまいました。入れ替わりに、ワラワラと呼ばれる暗い緑色のホロをかぶった小型木造船が、これまた上下に体をゆさゆさと振らせながら、のっそのっそと進んできました。
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