旅からおもう4
電車の駅の構内アナウンスが理解できないと – 香港 大埔墟 (Tai Po Market) 駅
少し前のことです。香港の大埔墟 (Tai Po Market) 駅で、小さなことがあって、やっぱり外国語を理解できる方がいいかもしれない、と思いました。しかし、それっきりで、やっぱり本気で外国語を勉強することはありませんでした。
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旅からおもう4
外国へ行って、言葉が通じないで困ることがあります。「そんなもの、身振り手振りでなんとかなるさ、気合いだ気合い」と言い切る人がいます。「筆談がいいね」と言う人もいます。そんなこんなで、言葉がわからなかったから、ちょっとした残念な目にあうことは、よくあるような気がしています。
ひと昔は前のその日、香港の新界にある大埔墟(Tai Po Market)という駅で、九龍(Kowloon)行きの電車を待っていました。12月も半ばになって、暑さも湿気もなくなり、深呼吸でもしたくなるような晴れた日です。ホームの少し線路よりに立って、両手を腰にあてて空を見上げてみます。あかるい緑色をした山の線の上に、ぼんやりとした白い雲がところどころにあって、青色の背景に張り付いたように動きません。顔に風があたる感じがします。とてもいい陽気でした。
止まっていた思考が、広東語の構内アナウンスの声で動き出しました。何を言っているのかわかりませんが、おおかた「電車がもうすぐ到着します」という内容でしょう。その時、ホームで待っている人たちが、ずるずると後ろにさがっていくような気配を感じました。今まで線路よりに立って、電車に乗る構えを見せていた人たちが。しかし、気のせいだろうという、その時点の判断でありました。
遠くから汽笛が聞こえてきて、その方向を見ると、貨物車を引っ張る車両のような、緑色をしたツラが見えます。中途半端な電車マニアである私としては、中国から香港へ荷物をもってくる貨物列車との出会いが、なんとなく自慢話になるのではと直感しました。「貨物列車よ、よく来たぞ」という気持ちで、両手を横に広げて受容のポーズをしていたかもしれません。そのツラは近づいてきて、黄色い口ひげのようなものまで見えてきました。
そして、両手を広げているだろう私の横を、少し早いスピードで緑色のツラの機関車と次の貨車が通り過ぎた瞬間、何かがぶわぁと舞って、青空が黒くなりました。細かいものがバラバラと飛び交います。スキを突かれた格好でよろめきつつ顔を横に振ると、ホームにいる人たちが、服のそでやハンカチで鼻や口をおおいながら下を向いています。何が起きているのかわからないままでいると、鼻の中にはっきりとした臭いが飛び込んできました。獣の臭いです。人間とは、獣の存在を本能で感じとるものなのでしょうか。思考などの過程はまったく経ず、臭いを正しく感じとっています。さらに、普通に書けば「ぶひぃ」とも聞こえる複数の音源が、貨車が出すがしゃぐしゃという金属音の上に連続してかぶさって、左から右へ移動しています。ああ、すべてを了解しました・・・
広東語のアウアンスは、こうだったのでしょう。「貨物列車ですよー」。いや、おそらく電車を待っている人たちが後ずさりという避難行動をとっただろうことから、アナウンスは「貨物列車が通過します。白線までおさがりください」ということだったのです。しかし、人々は避難だけではなく、顔や口をおおうという自己防御行動を、事前にとっていたように見えました。ということは、こんなシンプルなアナウンスではありません。つまり、「中国から輸入した多くの豚を乗せている貨物列車が通過することで、貨車の床にしいてあるわらなどが大量に空中に飛散することが、さらにもともと豚が持っている人類にとって本能的に危険を感じさせる獣の刺激臭の拡散が、かなりの高い確率で発生するだろうことが予想されるため、今ここのプラットフォームでお待ちのお客様におかれましては、口や鼻、そして顔などを、服やタオルなどありものを利用しながら、十分にご自身でお守りくださいますよう、お願い申し上げます。なお、当社は貨物列車の通過に起因する体調不調、その他クレームや運賃払い戻しなどの言いがかりに関して、いっさい受け付けないことを、また何が起きようとも法的に全く責任がないことを、宣言させていただきます。今日もご利用いただきまして、誠にありがとうございます」というアナウンスであったのだという結論になりました。おそらく間違はないでしょう。しかし、実際に列車通過直前に構内に流れた広東語のアナウンスは、ほんのひとこと二言であったように記憶しています…
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