旅からおもう8
二本の桜の木とセント・ジョーンズ教会に教えられる。 – イギリス・バース
桜と言えば、百円硬貨の表にもデザインされているくらいで、日本の花でしょう。春になると、少し濃淡のあるピンク色のが、連なる山を染めます。ところで、桜の花ことばは、「精神美」 だそうです。これは、「清らかでまじりけがない心」 とでも言いましょうか。そんなことを教えられた出来事がありました。
》》
》》
旅からおもう8
少し前のことです。
イギリスのバースの街の中で、桜を見かけました。セント・ジョーンズ教会の近くに立っていました。あまり背は高くないけれども、薄いピンク色の花を咲かせていました。4月は初旬ですがまだまだ寒く、少し厚手の上着が必要です。近寄って花を見ると、ソメイヨシノのようです。ソメイヨシノはおそらくは日本が原産国なので、いつかだれかがここに持って来たのでしょう。
桜というと、江戸の昔から花たちを見ることが、庶民の楽しみの一つになってきました。「花の雲 鐘は上野か 浅草か」とは、松尾芭蕉の句だといわれています。花の雲なのです。景色の中の少しばかりの部分に桜があるわけではないのです。目の前に広がる嶺の腹に、濃淡のあるピンクの帯が続くような風景です。しかし今、目の前にある桜は二本だけ。しかも背が低くて、枝ぶりもグッドとは言えません。花見で騒ぐような雰囲気でもなく、桜吹雪とはならずに桜小雨でしょうか。おそらく、たくさんある木々の中の二本なのです。
「やっぱり、桜は日本で見るに限る」 と思いながら立ち去ろうとした時、桜の木と教会の構図が日本には決してない風景なのだなと、何となしに思いました。そして,不意に二本の木が寄り添っている意味がわかりました。つまり夫婦だったのです。夫婦茶碗、夫婦松などと言われるあれです。夫婦桜(めおとざくら)なのです。「夫婦は仲良くしなさいね」と、後ろにあるセント・ジョーンズ教会が、物事の道理をよくわかるように教え導いてくれているのです。それを具現化しているのが、夫婦桜になります。もしかすると、ここは離婚の危機に迫った夫婦のメッカなのかもしれません。もう一度やりなおそうと。イギリスはもとよりヨーロッパの各地から、毎日たくさんの夫婦がこの桜に願をかけに来て、教会の礼拝堂で牧師さまの説教を聞く。そして、みな納得してハッピーになって帰ってゆく。教会関係の方々にとても失礼なこのような物語を思っているうちに、足元の冷気で意識が戻ったのです。そして、目の前の桜の周辺に目を向けましたが、願をかけている人たちは、当然のように見られませんでした。
Copyright © 2021 すき間旅行者 All Rights Reserved