旅にひたる2
香港は観音寺の女忍者 – 香港スタンレー 観音寺
香港島の南に、スタンレーという町があります。その近くに、観音様がいるその名も「観音寺」があることを知り、行ってみました。しかし、少し危険な状況になったことを察知して、あわてて街中まで引き返してきました。
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旅にひたる2
香港島の南側に、スタンレーという町がある。小さなショップ、昔の建物やレストラン、パブなどがあって、人気のある場所だ。セントラルやコーズウェイベイといった香港島の繁華街から、二階建てバスを使い30分程でたどり着く。休日には、香港に住む西洋人たちが集まってきて、昼間からバーで酒を飲んで赤ら顔を見せている場所だ。そのスタンレーの入り口の観光案内板によると、赤柱馬坑公園(Stanley Ma Hang Park)の裏側に観音寺があるようだ。スタンレーには何度も来たことがあるが、この寺の存在を初めて知った。観光案内板にあるから、地元の人たちや観光客がいるのだろう。観音様なので、由緒正しいのだろう。読経が聞こえてくる観音堂に向って、お線香を手に列を作っている人たちの光景が思い描かれた。おそらく、香港でも最も古いお寺の一つに間違いない。敷地の中には、樹齢何百年の大木がその風格を誇示し、真ん中にそびえたっている。どうして今までこの寺のことを知らなかったのだろうか。行くしかない。
観音寺へは、公園を抜けるのが近道らしい。どんどん進んだ。途中にあったアスレッチック・コーナーで切れの悪い動きの体操をしているおばさんを無視し、その先の路上の真ん中に突っ立って置物のようにまったく動きのない一体化した男女を車線変更しながらかわし、「この先観音寺」と書いてある標識にたどり着いた。あたりはすでに薄暗い。
矢印の方向の茂みに囲まれた細い道の先に、黄色い下地に赤い字で「観音寺」と一文字ずつ掲げられているのが視界に入った。さて、どう見ても素人が間に合わせで書いたような字に見える。職人技のにおいがしない。品格がない。近づいて見ると、それらは事務所のような四角い白塗りの平屋の上に取り付けられている。おや、平屋建ては寺務所ではないか。観音様はというと、寺務所の右側で、海に向って立たれている白いお姿が見えた。感覚的三角測量では、身長は7メートルほどという結果だ。しかし、観音堂はなく、なんとか頭が雨に濡れないという程度の、屋根の下にお立ちになっていた。あたりを見回したけれども、コンクリートで固められた敷地に、寺務所以外の建物がない。大きな老木もない。話が少し違うじゃない?と少々いらだちを感じつつ、お姿の前に立ってみた。「望洋観音」と書いてある。これが御本尊の観音様だ。しかし、お参りの人どころか、お坊さんもいない。お寺にいるはずの、無防備に目をつぶって丸まっている猫の姿もないではないか。観音様の前に置いてある大きなお線香立てには何もない。お線香をたいた跡もない。普通のお寺では、ご本尊の前のお線香を絶やすことはありえないのではないか。読経も聞こえない。動くものがない。静かだ。何か少し違う空気を感じてきた。
気を取り直して、観音様を見上げる。この高台から、海の方角を向いていて、町を見下ろす恰好だ。スタンレーの町の人たちをはじめ、全人類の平和を願いつつ、人々の生活をあたたかく見守っているのだろう。お疲れ様でございます。しかし、歴史を刻んだような、威厳というか風格がない。ほとんど汚れていないし、頭の上の冠というのか、それは赤や緑や金色があざやかだ。修復をしたのだろうか。そういえば、寺の縁起を説明したものを見かけていない。このお寺は、いつ建てられたのだろう。わからない。あらためて周囲をながめると、ここは寺の体をなしていない様な気がする。敷地の中心に本堂や修行に励む僧堂があり、宝物殿や関係者が住む庫裏があって、赤く目立った自営消防隊の倉庫もある・・・普通ならば。この観音寺とは?
夕闇につつまれたスタンレーの町から、観音様へ視線を戻すと、奇妙なものに気がついた。観音様がお立ちの足元、つまり台座に何かが描かれている。全体的に緑色だ。観音様がそれの上に両足で立っている格好だ。何かの動物らしいが、私は50年以上生きてきて、いままでその動物を実際に見たことがない。言葉で表すのに、かなりの困難が伴うが、いちおうやってみる。顔の形は、まなずのように比較的平べったい。目はぱっちりと丸く見開いている。真ん丸いかわいい目だ。たとえるなら、リンゴを被ってリュックを背負うゆるきゃらの「アルクマ」の目に似ている。目と目の間は、相当離れている。両耳のそばには、白い小さなつのらしいものが見える。鼻は、いわゆるあぐらをかいて赤い。鼻の両側から、赤いひげがななめ下方向にだらりと一本ずつ伸びていた。口元は微笑んでいるのか、少し開き気味で、Uの字を横に引っ張ったような形だ。その両端から、白くて大きい牙が下に向ってはえていた。そして、なんとその口から、ベーっと赤い舌を出しているではないか。ほうほう、愛嬌があってよろしい。しかし、観音様にお線香をあげお参りをして、ふと下に目線を落とした時にこの動物が目に入り、思わず吹き出す人がいるだろう。若い女子などは、キャーかわいい、といって携帯で写真を撮るのだろう。信者たちはせっかく神聖な気持ちで拝んでいるのに、なぜそのような方向へもっていくのだろうか。意味がわからない。しかし、お参りする人がいればの話だが。
その望洋観音立像の横には、16枚の絵があって、観音様の教えが書いてあった(ように見えた)。その一枚には、大きな濁流の上に何かに乗った観音様が空中に浮いていて、濁流の手前では、何人もの人が、観音様を見上げて拝んでいた。人生には、突然の不幸がつきものだが、そんな時も一心に観音様を拝むと、やがて救いの手がのばされるであろう、と解説に書いてあった(ように感じた)。そうして、それぞれの絵には意味があり、観音様の教えが描かれているのである。勉強になった(ような気がした)。
ここに来てから、20分ぐらいたっていた。人も猫もいない。お坊さんの一人でも見かけてもいいでしょう。お寺なんですから。読経の一つでも聞こえてきてもいいでしょう。お寺なんですから。どうも、観音様以外、赤い舌を出したあの謎の生命体を含め、まったくお寺のにおいがしない。観光客が参拝するようなお寺ではないのだ。では、なぜ観光案内板に、さも観光地のように書いてあったのか?「お寺、ああそうなのですね」と言って、私のようにここに来る人間がいる。まったく突然、アリ地獄の動画が思い浮かんだ。何も知らないでそばを通ったアリが、足を滑らせてすり鉢状の底へサラサラと落ちて行きながら、6本の足を全力で回す・・・ あたりを確認した。何かが動く気配を感じたからだ。風なのか。しかし、相変わらず動くものはない。音もしない。もうかなり暗くなってきていた。
急に不安になってきた。謎の動物の舌がするすると伸びて、体に巻きついたらどうしよう。線香立ての真ん中に開いている穴から、ポンと催眠ガスが噴き出てきたらどうしよう。さらに、ドアのすりガラスに蛍光灯らしい白い光が見える寺務所から、どかどかと大男たちが出てきて、一気に中に連れ込まれたらどうしよう。ただこの場合、大男ではなくできれば尼僧にしてほしい。囚われて思想教育を施され、世界平和を守るのは僕たちなんだと、真顔で言うようになったらどうしよう。とにかく脱出するのだ。出口までの最短ルートは、寺務所の出入口の横を通るから、ここは一気に走り抜けるしかない。出入り口あたりを通過する時に、大男たちが飛び出てくる確率は50パーセント程度とふんだ。一方で、尼僧である確率はゼロだろう。それに、観音様の目に仕込んである監視カメラのモニター画面を通して、こちらの動きは敵に丸見えだろう。もはや、一刻の猶予も許されない。香港で一人の日本人が失踪しても、テレビのニュースになるわけがない。そして、コトは闇から闇へ葬られるのだ。今勤めている会社でも、「そういえばあいつ最近見かけないじゃないか、なんだ、ははは」という程度済んでしまうだろう。そんなことって・・・
不意をつき走り出した。少しでもスピードを出そうと、手をぐるぐるまわし、何か声を発していたかもしれない。詳しいことは覚えていないが、とにかく「この先観音寺」が見えるところまで戻った。振り返ると、だれも見えなかった。脱出は成功だと思ったとき、茂みにかこまれた道の向こうの入口から、腰をかがめながらしっかりとした足取りで、こちらに向かって歩いてくる人が見えた。ほっかむりをして、右手はほぼ直角に曲がった背中にのせている。おばあさんのように見えるが、まったく顔が見えないし、何一つその証拠がない。一難去ってまた一難。大男たちは、すでに刺客を差し向けたらしい。女忍者だ、ほぼ確実だろう。右手は素早く攻撃するため正確に背中に置いているのだ。そう言えば、まったくすきが無い。相当な使い手だ。とにかく、すれ違うときが勝負だろう。お互い距離を測りながら近づく。おれは意味もなく、すり足になった。道がせまい。袖が触れ合うほどの距離ですれ違ったとたん、何事もなく二人は離れていった。まだ油断してはいけない。ようやく入り口の「この先観音寺」までたどり着き、ふーっと大きく息をはいた。共に完全な戦闘態勢にあって、攻撃を仕掛けることすらできなかったのだ。女忍者、よくやった。勝負は引き分けにしてやるよ。大男たちによろしく言ってくれ。
自然と小走りになっていた。何が歴史のある正しいお寺だ。何がお参りをする地元の人たちでおお賑わいだ。木だってありゃしない。コンクリートで固められた境内でしょ。話が全然ちがうじゃないか、時間を返せと憤慨しつつ、失踪事件にならなかったことには感謝しながら、結果はどうであっても観音様のお顔はやさしかったなと思い、暗くなったスタンレーの街中を、十分に赤みを帯びた顔の西洋人たちをかき分けて、バス・ターミナルへ急いだ。
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