旅にひたる9
フィリピン国鉄の鈍行 "酸欠サウナ密着号" … フィリピン メトロマニラ
フィリピンの国鉄に乗りました。始点から終点まで行きました。「う~ん、あまり安全とは言えないので、やめたほうがいいですよ」「え?それは...」 といった不安材料もありましたが、実際私の場合はその限りではなく、日本の電車とはまた違った空間を感じました。
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旅にひたる9
バンバン (BamBang) という少しディープな感じの町を、ようやく通り過ぎました。途中、ビルの警備員のお兄さんに道を聞いたら一生懸命教えてくれた方角が間違っていて、路上ではがやがや遊ぶ小学生ぐらいの女の子の集団に目を細めながら、立ち木に引っ掛けたたくさんの洗濯物に「ほうほう」と感心しつつ、岩島フーズの業務用トラックを横目に見ながら進んできました。「たぉたぉ~」と言いながら、何かを売り歩いている人もいました。
そんなこんなでフィリピン国鉄の始発駅トゥトゥバン (Tutuban) に着きました。駅の敷地の入口のゲートに立っている拳銃を腰にさした警備員さんの、鋭い目視チェックをクリアします。そして、建物に入る手荷物検査には笑顔で対応して、チケット・カウンターでアラバン (Alabang) 行きの切符をゲットします。とりあえずの終着駅です。料金は60円ほど。アラバンはここトゥトゥバンから直線距離で24キロメートルほどの場所にあります。
待合室を見回すと、いくらか天井が低くて、鉄格子付きの窓から光が差し込んできます。おや、鉄格子の外から待合室を見ている人たちがいます。後ろから光があたって、黒く輪郭が浮き上がっています。いくつかの窓がそのような状況です。子供もいれば、おじいさんもいるようです。動きもせずに中をじっと見ています。何でしょうか。待合室の横に、PNR CHAPEL がありました。なるほど、さすがフィリピンですね。壁に掛けにかけられた扇風機が、ブルブルと音をたてて首を振りながら風を送り出しています。
発車時間が近づき、待っていた人たちが腰を上げてぞろぞろとホームに移動します。そのまま、ぞろぞろとホームを歩き、開いている列車のドアからぱらぱらと乗り込みます。私は少し出遅れてしまい、ホームの手前の車両は、もうすっかり座席の空きがなくなっていました。進行方向へと進み、先頭から二両目の列車に入り込みました。ほら、横長の座席にはほとんど人がいません。余裕で座ることができました。さっさと手前の車両に乗るのは得策ではありませんね。さて、車内はというと、特に変わった様子は見当たりません。蛍光灯が所どころ消えているぐらいです。窓ガラスの代わりにベニア板のようなものをはめ込んでいるところがあり、そのせいか車内が少し暗くなっています。クーラーがごぅごぅごぅと、強弱をつけた調子の音を車内に吹き出します。いちおう冷房はきいているようでしたので、その働きは認めましょう。やがてほぼ全員が座ったような状況になりました。女性や子供が多く乗っています。この雰囲気、まず危険はないでしょう。
ごがっという少し大きめの衝撃があって、列車は走りだしました。列車が左右に体を揺すぶりながら、ゆっくりと走っています。警笛が、ぱぁーぱぁぱぁと聞こえます。やかましいですね。線路のすぐ横には、家がならんでいます。当然、柵などはありません。だから、警笛を鳴らしながら進むのです。先頭車両に近いとこの音がやかましく、それで多くの人たちは、後ろの方の車両に乗っていたのでしょう。そうでしたか、少し誤解していました。騒がしいこの断続的ぱぁぱぁ音は、終点駅まで続くことになります。
トゥトゥバンから 4 つか 5 つ目の駅で停車していた列車がぐげっという音を出して動き始めました。あれ?まだ扉が開いたままです。しかも、全開ですよ。危ない。おそらく故障したのです。安全が確認できるまで、発車は見合わせるのがスジでしょう。どんどんスピードが出ます。まだ開いています。しかし、扉の周りにいる人たちの中で、騒ぐ人もいません。普通のことなんですね? ホームが終わる前に、弱々しくのろのろと扉が閉まりました。よかった。ただ、完全には閉まっていません。10センチメートルぐらい開いたままですが...
駅に止まるたびに人が乗ってきて、だいぶ立っている人たちがいるようになりました。と、その時、私のちょうど前に小学生ぐらいの女の子が立ちました。家族と一緒のようです。タガログ語らしき家族の会話の中に、たびたびどかっと笑いが入ります。少し横によって、なんとか座れるスペースを女の子に作ってあげました。すると、女の子ではなく年の離れたお姉さんらしき人が座ってきました。あらあら、そんなすき間はありません。しかし、そんなことは関係なし。ジーパンの尻をごんごんと女の子分しかないスペースに押し込んできます。おお、だめです。そんな余地はありません。結局お姉さまはしっかりと座ってしまいました。私とお姉さまは、相当高い密着度になっています。おかげで右横のおじさんとも... 日本の列車の座席ではありえない密着度です。べったりという感じです。
そういえば車内が暑くなってきました。クーラーが少し力を入れてきたようで、ぐごぅぐごぅぐごぅという音に変わったような気がします。しかしその甲斐なく、汗が出てきました。Tシャツで短パン姿ですが暑い。ふと気がつくと、前に立っているその小学生ぐらいの女の子が、私の持っているメモ帳をじーっと見ています。漢字やひらがなが珍しいのでしょうか。私が横を向いている時に、今後は私の顔をじーっと見ています。そしてまたメモ帳を。私はメモ帳をぐいっと女の子の前に差し出しました。女の子は、はっと私の顔を見ました。私も女の子を見ています。女の子はおでこに少し汗をかいています。私が鼻をひくひくと二回動かしました。女の子の反応はありません。さらに、ひきひくと五回動かしました。すると、女の子は口をすぼめるようにして笑いかけると、それをぐっと飲み込みました。
さらに混んできて、日本の朝の通勤列車のような雰囲気になってきました。そしてさらに暑くむしむししてきました。何だか息苦しくも感じます。密閉空間にこれだけの人間がいて、常に酸素を取り込んで二酸化炭素を排出していれば、酸素はなくなります。おそらく、クーラーは外の空気を取り込んでいるわけではないのです。中の空気を循環して冷やして、その方が冷房の効率がいいのです。したがって、酸素濃度は低くなる一方です。おお、暑い、息苦しい、狭い。ほとんど混乱状態で立ち上がると、クーラーの風が顔に当たるようになり、落ち着いてきました。暑さになれているフィリピンの人たちも、やはり暑いのです。扇子を開き顔の前でバタバタあおいでいる人が何人かいます。Tシャツをめくり上げて、それで顔をふいている男がいます。自分も結構汗を出しているのがわかります。狭い空間にいる人たちが、全員汗を吹いている場所、つまりサウナなのです。動くサウナです。普通のサウナでは汗をかいてさっぱりとしますが、ここでは汗をかいてねとねとします。熱気のせいなのか、かげろうのように少しゆらゆらしている視界の先に、「モハ202-15」と書いてある小さなプレートが貼られているのが見えました。なるほど、この列車は中古電車だったのですか。
狭く暑苦しいねとねと攻撃に、何となく意識レベルが低くなってきたころ、終点のアラバンに到着しました。ゆっくりとホームに入っていきます。ホームで待っている人は見えません。ドアが開いてホームに降りると、まずはほっとしました。すると大勢の人がいる気配がします。それは、列車に乗るために、改札の外で待たされている人たちでした。すでに、互いが密着しています。今列車から降りてきた人たちより多い人数です。みな列車のほうを見ています。乗り込むぞという熱気も伝わってきます。そしてさっき到着した列車というと、すべてのドアは既に閉められていました。明らかに空気の交換は不十分なまま、ドアが閉められています。二酸化炭素を主な成分とする熱気がぎゅっと詰まったままです。こういった中、待たされている人たちは、このほぼ酸欠状態サウナの車内へと、もうすぐ密着しながら乗り込んでいくのでしょう。そして、意識レベルを低くしていくのでしょう。ああ、やっぱり帰りは、クーラーのよくきいたバスに座った方がよさそうだと、意外と冷静に判断しました。
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