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旅にひたる10

斜塔のあるテロック・インタンは何となく不思議な町 … マレーシア ペラ州

マレーシアのテロック・インタンには、斜塔がありました。しかし、それだけではない、いろいろと不思議なおもしろい町でした。旅行ガイドには、ほぼ紹介されていないと思われますが、私としては、確実におすすめできる町です。

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旅にひたる10

 マレーシアのテロック・インタン (Teluk Intan) に、斜塔があるらしいことがわかりました。斜塔といえばイタリアなのでしょうが、マレーシアの斜塔は聞いたことがありません。クアラルンプールに滞在していたある土曜日に、行ってみようかと思いました。

 テロック・インタンはペラ州にあり、クアラルンプールから 150 キロメートルほどの距離です。地図を見ると、ペラ川が大きく蛇行している Ω の形をしている場所にあって、盲腸のような格好をしています。斜塔は、この盲腸の付け根にありました。そして、ここには鉄道が通ってはいないようなので、バスに乗って行くしかなさそうです。マレーシアでは、中・長距離のバスがたくさん走っていて、この点ではとても便利です。バスは、TBS と呼ばれるバス・ターミナルから出ているようですね。なるほど、わかりました。

バスターミナル TBS の様子

 TBS の最寄りの駅 Bandar Tasik Selatan へ、KL コミューターで向かいます。TBS は駅に直結していました。結構大きな新しいターミナルです。黄色、緑やピンク色でバスの行き先と出発時刻が表示されている大きなディスプレイが頭上に二枚あって、その下には30 個はありましょうか、チケット売り場のカウンターや券売機が並んでいます。吹き抜けになっている二階の周りには、食べ物やキオスクがあって、お祈りのための部屋も配置されています。これぞターミナルという感じです。どこかの空港のようでもあります。

 さて、テロック・インタンまでの乗車券を購入し、定刻から 20 分ほど遅れて 9 時 35 分に、ゆったりめの座席のバスは、ばおんと音を出して発車しました。早起きをしたせいなのか、車内ビデオでスパイダーマンをやっているのも無視してすっかり寝入ってしまい、高速道路 E1 の Sungai Interchange から一般道へ降りるあたりで目がさめました。それからヤシ農園の間のガタガタ道を行き、いくつかの町を通り抜け、12 時ごろにようやくテロック・インタンへ到着です。

 テロック・インタンのバス・ターミナルの前には、薄曇りの空が広がっています。こういったマレーシアの地方都市は、必ず空が広いのです。今日は酷暑ではないのがこれ幸い。あちこちにあるドブにはまらないように気を付けながら、斜塔へ向かいました。

テロック・インタンの石

 ターミナルから出たすぐの道路が交差するジャンクションの中に台座があって、四角い石がどんと置いてあります。石は全体的に黒くなっています。石舞台の姿にも見えます。そばへ寄ると、台座に At the going down of the sun and in the morning We will remember them 1914-1918 と書いてありました。「日が落ちるとき、日が昇るとき、我々はそれらを思い出すだろう」 とでもなるのでしょうか。them が何を指しているのかわかりませんが、この言い方やこの石の風体からも、ずっしりと重たさが感じ取れました。この石のことを、あとで少し調べてみようかと思います。

南国フルーツの盛り合わせ

 斜塔へとふらふら歩いていると、フルーツの盛り合わせがありました。スイカ、ドリアン、バナナ、スター・フルーツ、パパイヤ、龍眼でしょうか、が皿に盛られています。ドリアンは四分の一ほどに分けられていて、ふとった実がむき出しになっています。と言っても、刺激臭がするわけでもなく、鳥が集まってつついているというわけでもありません。大きな作り物だからです。それなりに色付けされていて、それなりにリアルで、スイカの直径は 1 メールはありましょうか。なぜ道路の横にどっかりとこの盛り合わせが設置されているのか? あたりに関係する情報があるわけでもないので、その存在の目的は判明せず。まあ、この町のどこかの小金持ちの変わりものおじさんが、「ああ、シンガポールのタイガーバーム・ガーデンの作り物を、ちょっとまねしてみたのですよ。ほーっほっほ、気に入りましたか?」 といった状況なのでしょう、おそらく。

 さらに進むと、塔の頭が見えてきました。なるほど、ちょっと傾いているように感じます。どんどん近づくと、どんどん見えてきます。そして、斜めになっているほぼ円柱形の黒い建物の全容がわかりました。

マレーシアのテロック・インタンの斜塔

 ここの位置からは、左に傾いて見えます。信楽焼の大きなタヌキの置物がしょっている編み笠をいくつか重ねたような感じで、上の方には時計が付いています。足元には階段があって、人が出入りしていました。その入口の横に説明書きがあり、「1885 年に建てられた。もともとは貯水タンクがあって、町に水を提供していた。灯台の役目もあった。今は時計台として利用されている。ピサの斜塔には、かなわない」 といった内容です。なるほど、よくわかりましたが、「ピサの…」 までは書かんでもいいでしょう。ここはここで立派であり、この町の人たちにきちんと利益をもたらし続けているのですから、ど~んと自信を持って。そして、この斜塔の名前が Menara Condong というのだともわかりました。中へ入ってみましょう。

段差がまちまちならせん階段

 まずは、入口にある visitor’s book に名前を書き込みます。台帳をちらっと見ると、マレーシアの別の州からきている方々がほとんどですね。段差がまちまちで黒光りしているらせん状の階段を上っていくうちに、斜塔の構造がわかってきました。屋台骨は、煙突のような形でレンガを積み上げているようです。それに木材を組んで、屋根、床や壁を構成しています。屋根には、瓦のようなものが載っています。一番上の階の部屋の天井は、貯水槽の下の金属部分の部分が丸出し状態でした。外には、斜塔の広場の横のアーケード越しに、青っぽい色をした川が見えました。

 次に、中国寺院へと向かいます。Hock Soon Temple (福順宮) です。道を歩いている中国系らしい細身で丸メガネをしたインテリ風のおじさんに道を聞きました。「ほうほう、どこから来たのですか。日本? この斜塔を見に来たのですね。そうですか、ふんふん。いいツラの建物でしょう。で、中国のお寺? はいはい、この道をまっすぐいって、左側にありますよ」 親切に教えてくれました。ありがとうございます。

清風冷氣理容室

 町は、マレーシアの地方のどこにでもありそうな雰囲気です。高くても 4 階の建物がせいぜい。緑や黄色に塗り替えられた個人商店。ヒンドゥーのお寺。新しいビルとビルにはさまれてようやく建っている黒ずんだ平屋。街路には青々とした実をいくつも抱えているヤシの木々。広い空。塔の上の四方にスピーカーを突き出している、こじんまりとした深緑色の清潔そうなモスク。昔の日本にもあった、それなりの臭いを押し出しているドブや、その前の路駐の車たち。何か人工的な鳥の声が少しやかましいことも。街はずれに、「クーラーがきいていますよ」 を売りにしている 「清風冷氣理髪室」 という床屋さんがありました。「今さら、どこの店でもクーラーなどあるので、ビジネスのポジショニングや差別化に失敗している例ですね」 というかもしれませんが、マレーシアでは、特に地方都市において、クーラーをきかしている店はメジャーではないような気がしています。まったく私の感覚ですが。

Hock Soon Temple (福順宮) ミロクさまは入ったすぐ右側にいらっしゃいます

 福順宮と書いてあるお寺に着くと、いきなり 「彌勒」 とある佛さまにお迎えいただきました。「ミロク」でしょうか。目の前のミロクさまは、全身金ぴか、相当栄養状態がいいようで、全体的に横方向に大きく、お腹はだらっと斜め下の方向へ突き出ていて、左手にはひょうたんを持ち、まっすぐ前へ微笑みかけていらっしゃいます。金色の布袋さまですね、まるで。歴史の教科書に載っていた、頭にすりこまれている京都の広隆寺の弥勒さまとは、まったく違っています。しかし、この金色のお方もミロクさまであることは、確かなのでしょう。拝殿は、赤、青、黄色、緑がくっきりと配色され、左右の柱には、きりっとした顔の龍が巻き付いていました。お参りをさせていだきます。

ミズオオトカゲ

 お寺の横には川がありますが、岸は草がおおっていて、その先の流れは見えません。確かペラ川という名前だったかと思ったとき、草むらがゾサゾサと鳴りました。何かいるようですが、見えません。音からすると、少し大きな生物のような予感がします。人間ですか? 何かを捕っているのですか? またカサガザガサと長めの音がすると、胴体の長いものが見えました。なんと、たぶん噂に聞くミズオオトカゲだと思われます。トカゲに似ていますが、そんなかわいいものではなく、目測で体長が 1.72 メートルはありそうです。はっとした瞬間、ヤツはこちらを振り返り、目があったような気がしました。そして、頭と尻尾をそれぞれ左右に振りながら前進して、川の方へと消えていきました。私がじっと川の方を見ていると、道をはさんだお寺の反対側にある中華料理屋の厨房から若い男が出てきていて、「ははは」 と笑いました。私が身振りで、「こんな大きなミズオオトカゲが歩いていて、本当にびっくりしたんだなもう」 と伝えると、するりと背の高いその彼はたばこをくわえたままで、肩をすぼめました。共存しているんですか。

電飾仏像の廣東寺

 街を歩いていると、やっぱりありました。ティンハウ (天后宮) です。海の神様をお祭りしています。ペラ川はこの先すぐにマラッカ海峡へ出るので、漁師がいるだろうここテロック・インタンには必須アイテムです。鍵が閉まっていて中には入れませんが、すき間から天后さまがいらっしゃるのが見えます。四体ほどいらっしゃいますので、歴代の天后さまが集っているのかもしれません。近隣の天后さまが合流してきたのかもしれません。手を合わせてから、また歩きます。すると、廣東古廟というお寺がありました。広東省ですか。のぞいてみます。お堂の中には仏様と、置物のように動かない世話役らしきおじさんが一人座っていました。そして、なんと仏様のうしろには電飾が施してあって、花火が上がった時のように、赤、黄色、緑などの輪が一本ずつ光っています。後光ですね? とても静かな堂内で、一秒ぐらいのタイミングで、輪が外にすっすっと広がり、そして消えてはまた広がります。この地では普通なのでしょうけど、日本では見かけたことがないこの構図に 「う~ん、これは」 と、その世話役おじさんには聞こえないようにそっと言って、その場を去りました。

エビたちの一本勝負

 そろそろ時間なので、バス・ターミナルへ向かっていると、タイガーバーム・ガーデンをまねした別の作品がありました。エビです。大きなやつが二匹、額の部分の角が触れ合うほどの距離で向かい合っています。一匹の体長は 3 メートルはありますね。お互いに口を開けて威嚇し、戦闘に入ろうとしているかのようです。いや、すでに戦いは始まっているのかもしれません。それぞれの背後に、もう一匹のエビが見えます。セコンドでしょうか、はっぱをかけています。さてさて、さっきのフルーツ盛り合わせといい、このエビ同士の一本勝負の現場といい不思議なものだな、などと思いつつバス・ターミナルへたどり着き、一息付いていると、もう一つの大きな疑問がわいてきました。「そういえば、なぜ斜塔は、傾いているんだろう」 「最初からそう作った? 自然に傾いたのか? 誰かが縄をかけて引っ張って傾けた? あの丸メガネのインテリの方に聞けばよかった」 そうこうしているうちにバスが来たので、とにかくさまざまな面白いものを見せていただいたことに満足し、いろいろ不思議な街だったなと振り返りつつ、ゆったりめの車内へパッともぐり込みました。

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